土田謙吉・北海道浦幌の開拓について

明治28年十勝国浦幌に原野2000町歩の貸下を許され、本県より15戸60名を移住させた。
明治30年富山・石川県より125戸805名を送り開拓に努め、明治32年畑400町歩を得た。
また、別に原野670町歩の貸下を受け、牧場を設けて牛馬の飼育をなし、明治44年東宮殿下
巡啓の際牡馬豊浦号台覧の光栄に浴した。
移民の精神修養の必要性を認め東西両院本願寺に5町歩を寄付し寺院を建立し、児童教育
のため浦幌小学校を建設、更に人口増加に伴い第二浦幌小学校を設置、住民の衛生を考え
て医院を建設した。
北辺の広野に独立の新農村浦幌村を村立し、役場庁舎は資財を投じて建設された。

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生剛村から浦幌町へ移設 (平成15年5月25日撮影)

十勝国土田農場跡地 (平成15年5月25日撮影)

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十勝国土田農場事務所 (明治30年代)

十勝国土田農場 (明治30年代)

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